引用です。
昨日の記事の中で、何も成し遂げる必要はないと書きました。
この文章の意味をもう少し説明したいと思います。
通常人は、「自分」が何かをしていると感じています。
ことを起こしているのは自分だと思っているのです。
僕の講演に何度も足を運んだり、書籍を読んできた人は、
「いや、そんなことはない。ことは自ずと起きているのだから」
と言うかもしれません。
でも、ちょっと待ってください。
あなたは本当にそのことを理解していますか?
もしかしたら、なんとなくそう思うものの、実は相変わらず「自分」が何かをやっていると思っていませんか。
自我は実に巧妙で、単なる知識を、まるですでにそうなっているかのように振る舞う名人です。
いいですか、「あなた」はいないのです。
事はただ起きていて、そこに同時発生的に思考が生じて、それが「自分」がいるという錯覚を作り出しているにすぎません。
「いないあなた」が何を達成しようと言うのでしょう。
僕が何を言っているのか、皆目見当がつかないという人もいるでしょう。
トンチンカンな話をして煙に巻いているように思う人もいるかもしれません。
もし話の内容が多くの人に理解されるのなら、それは真理ではありません。
なぜなら多くの人は夢の中にいて、その人たちに理解されるということは、各自の夢を強化しているだけだからです。
ですから、多くの人に支持されるというのは、必ずしも自慢できることではありません。
老子が言うように、
真理は人に笑われる
のです。
少し急ぎすぎました。
ゆっくり話を展開するとしましょう。
あなたを愛しています。
だってあなたは僕自身だから。
今日はあなたの使命を横に置いて、ゆっくりお茶でもしませんか。
事は起きています。
あなたには何一つ達成すべきことも、果たすべき責務もありません。
喫茶去
ま、お茶でもいかが。
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