阿部さん こんにちは。
阿部さん、もし「私」がいないのならば、「阿部さん」自身も居ないと言うことになりませんか?
ひよどりさんじゃないけれど、その今日の記事を書いている人は誰?
このコメントを書いているのも誰?という感じです。
思考と自我の違いもわかりません。
Posted by エコル at 2015年04月09日 15:09
同じような質問がいくつか来ていました。
そう思って当然です。
「あなたはいない」と言った時、あなたは透明人間だといっているのではありません。
現象がないと言っているのでもありません。
あなたは記事を読み、言葉を解釈し、それに対してコメントを書きました。
記事を読もうと決めたのは誰でしょう。
それは「私だ」というかもしれません。
その私とは誰でしょう。
私とは、私以外の全てとは異なる、単独に分離した存在です。
そのような感覚があるので、その私が考え、そして行為していると思っています。
考えや、意思や、衝動や、行為は、私がやっているのではなく、単に起きている現象です。
やっているのは全体であり、その全体こそが「あなた」です。
現象というドラマは、ただ起きていて、あらゆる出演者もあなたそのものであり、ドラマ自体があなたの現れです。
その出演者の一人である「私」と同化すると、ドラマが深刻に見えてきます。
反対に、全体であるところの自分を知りながらドラマに出演していると、そのドラマはいついかなる時も完璧だということが分かります。
これで答えになっていますか?
きっと何かのタイミングで、何を言っているか分かりますよ。
決して難しい話ではなく、あまりにも近すぎて見えない何かについて話しているからです。
次に、
思考と自我の違いについてですが、思考を自分が考えていると思っているのが自我です。
自我から離れても思考は湧いてきます。
でもたいていの場合は「自分が考えている」と思っているので、その場合は、「思考=自我」という言い方ができます。
阿部さんへ・・・忙しくなければ、お返事ください(笑)
>「あなた」はいないのです。
>事はただ起きていて、そこに同時発生的に思考が生じて、それが自分がいるという錯覚を作り出しているにすぎません。
ここでの「あなた」はいない・・・の意味合いですが、私は存在が自我を体験しているだけで、人意識が終れば 自分という独立して思える精神も終わると理解しています。
かいま見た存在がホンモノであり 今体験している意識は存在が生み出しているイットキの夢・・・みたいな理解です。
ただ 阿部さんの文面を何度も 読みますと、どうも そうではなくて、思考が生じるが故に、自分という自我が出来上がり、それ自体が錯覚であり 今も
自分はいない状態にも関わらず、頭脳が 思考が それを認めてしまっているだけ・・・っていう こうした理解なのでしょうか?
Posted by アゲハ・・・はい、質問です。(まじ) at 2015年04月09日 15:36
あなたが真理の一瞥をした人だというのはわかります。
自分はいませんが、思考や自我を認識している存在はあります。
それはある種の意識であり、全体に浸透している唯一無二の存在です。
あなたがいう「存在」と同じものです。
ですから同じことを言っています。
まだ他にも取り上げたい質問はあるのですが、今日はこの二つにさせてください。
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