2015年4月2日木曜日

150402のにっき。

引用です。

よく人は、比較することの愚を口にします。

僕も同感です。
比較から劣等感が生まれ、自分を認められない原因を創り出すからです。
それでも人の中にある比較する心は根強いものがあります。

その際たるものが、神仏という存在へのイメージではないかと思います。
人は昔から、人間が単に肉体だけの生き物ではないことを直感していました。
肉体を超えた何かがあると感じていたのです。
それとともに、この世を創り出している壮大な力をイメージしました。
それが神と呼ばれる存在です。

さてここからが比較の話ですが、人はネズミや犬や猫などの動物を見て、人間よりも低い存在だと感じました。
昆虫も、植物も、人間より下等な生き物だと信じたのです。
実際には上も下もなく、すべては「ひとつなる意識」の表れであり、最近の言葉で言えばワンネスが真相です。
ひとたび下等を作り出せば、その対極として上等が生まれます。

人間は、創造主である神は人間よりはるかに上等な、とてつもない存在だとイメージしたのです。

もし動植物に対して自分たちと対等な命だと見ることができたら、そのような神のイメージを作り出すこともなかったことでしょう。
これが比較という幻想の、最も極端な事例です。
そのようにして作り出した神を、人は怖れ、そして敬いました。

いまだにそのように感じている人たちが大勢います。
というより、僕が時折、「神に蹴りを入れてやった」なんて話すと、心配げに僕を見る人たちがいます(笑)
バチが当たると思っているのでしょうか。

誰が誰にバチを当てるというのでしょう。

そんな迷信にハマった人たちが、真顔で「ワンネス」を口にするのはどういうことでしょう。
この世には一切の上下は存在していません。
ひとつなる命(意識)が、それぞれの個性をとおして現れているだけです。
そのような意味から言えば、偉大な神など存在しません。
確かに惑星の運行や森羅万象を司る壮大な知性はあります。
科学者がサムシング・グレイトと呼ぶものです。
でも

それさえも、あなたという存在の現れです。
ただ、あなたが在るだけです。
すべては「あなた」です。

「ワンネス」という言葉が、いかに実感なく使われていることか。
こうしてあらゆる真実の言葉が概念化していくのです。
この世には、あなた以上の人間も、あなた以下の人間も存在していません。
人間だけでなく、あらゆる事象は、ひとつなるもの(あなた)の現れです。
まずは、

神という幻想から自由になること。
神とは、人間の比較する心が作り出したイメージだということを理解すること。

今日のこの記事に違和感を持ったとしたら、それくらい誰かから何かを刷り込まれてきたということです。
そしてそれを鵜呑みにしてきました。
ちょうど自分にはまだ何かが足りないということを鵜呑みにしてきたようにね。

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